200.生涯の恩人(06/17 11:27)


1984年の9月の終わりに僕はHOUND DOGのサポートギタリストとしてツアーに参加する事になりました。
当時22歳で、その1年前から色々なアーチストのバックギタリストとして、プロのキャリアをスタートさせました。その頃演奏する会場は主にライブハウスが中心であった為、特にギターの音色に関してはあまり指摘をされた事はありません。
HOUND DOGに参加してからはキャパが2000人以上の会場が中心となり、大がかりなPAシステム(音響機器)が主流となり、今までのような音づくりではプロとしては通用しない事を思いしらされたのです。また当時ステージ経験の浅い自分としては、どのようにステージで立ち回ったら良いかが分からず、いつも苦しんでいました。
50本近いステージを経験する事によりライブでのパフォーマンスも少しずつ学んでいきましたが、最初の頃は毎回ステージが終わった後、当時の事務所の社長に呼び出され色々な事を注意されたものです。マジに悔しくて泣きながら帰る日々が続きました。

1ツアーが終わり、次のツアーからメンバーとしてレコーディングにも参加する事になったのです。ステージは経験を重ねる事によって何をすべきかが次第にわかりはじめました。しかし音づくりに関しては、あいかわらず苦悩の日々を送っていたのです。
そんなある日僕の目の前にオノタケ(通称)と呼ばれるエンジニアがあらわれました。彼は初対面なのに僕が音に関して悩んでいるのを見抜いてしまいました。
無言で僕の足元にあるエフェクターをいじり始め、次にアンプも調整し、僕に「どう?」と聞いてきました。その時は良いも悪いも自分で判断はできませんでしたが、結果はすぐに出ました。新しいツアーが始まりステージを観にきた友人、知人が次々と口を揃えてこう語ったのです。「ねえ?ギターの音変えたよね?凄いかっこ良かったよ!」と・・・。約半年間、一度も評価された事のない自分の音が初めて誉められたのです。この日こそ本当の意味でプロとしてスタートできたのではないかと今でも思っています。
22年も前の話ですが、まるで昨日の事のようです。いつも凄く暖かい態度で接して下さり、人間としても尊敬してましたし信頼できる数少ない人でした。本当に感謝しております。

そんな生涯の恩人がつい先日お亡くなりになられてしまったのです。とにかく残念でなりませんし、今でも信じられません。僕が今できる事は教えていただいた事を無駄にせず、僕の命がある限りギターを弾いていく事だと思っています。
心より御冥福をお祈りします。

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